リオデジャネイロ狂想曲 23
ただ、自分の首には銀メダルがかかっていて、目の前には真っ赤な顔をしたつくしが立っているだけ。
すると控室に西田が入ってきて
「司様、そろそろお時間です」
会場入りする時間が来ていることを告げた。
司は我に返るといそいそと立ち上がり
「お…おう…」
そう言って立ち上がったのだが、試合前の緊張感はなくどこか放心状態の司がいる。西田は放心状態の司と真っ赤になっているつくしを見比べ、密室で起きたことがなんとなくわかり微笑んだ。そして司の背後に回って
バンッ
背中を力いっぱい叩くと
「そろそろいつもの集中モードにお入りください」
そう言っていつものように気合を入れる。
そうすることで司は目をパチパチとさせて周囲を見回し、我に返る。
「おう、そうだな…」
自分の頬をパンパンと掌で叩き、気合いを入れるとつくしを見た。
「それじゃ、行ってくる」
「健闘を…祈ってます…」
若い二人の動揺ぶりをそっと見ながら西田は微笑む。
しかし今から戦いの場に向かわせなければならない。
控室から司を見送ると西田はつくしを見て
「一番見やすい席を確保しております。どうぞそちらでご覧になってください。美作コーチたちの席もございます」
「そうですか…お気遣いありがとうございます」
かろうじてそれだけ西田に言うと、つくしは控室を後にした。
***
決勝ともなると会場の雰囲気も予選や準々決勝とは熱気が違う。
さらにに女子の勝敗がついた直後ということもあって、観客も報道陣も興奮状態だ。
そんな熱気と決勝というプレッシャー。
司は重圧に負けないよう、いつものように雑念を振り払う。
観客席に移動したつくしは祈るように司を見つめていた。
つい今まで同じ空間で一緒にいた人物とは思えない殺気を漂わせ、会場に向かって歩いてくる司に目が離せなかった。
すると不意に司の視線がこちらへ向く。
目が合ったことがわかると血走った目つきが一瞬和らぎ、つくしに向かって微笑んでいるように見える。
恐らく会場にいる誰にも気づかれないくらいの早さで唇に触れ、つくしに向かって親指を立てた。
―待ってろ、一番輝いてるメダルをオマエにかけてやる
胸の前で両手を組んで祈るように見ていたつくしはウンウンと頷き司に応じるのだった。
ついにこの場に立った。
オリンピックに憧れ…という気持ちは全くないが、それでも世界の頂点に立つ直前という大舞台に興奮すらしていた。
傷の具合は最悪だが、今の司は痛みを感じていない。
神経が目の前の対戦相手にすべて集中し、勝つことしか頭にはないのである。
相手も決勝の場に立つ以上、司を殺すくらいの勢いでここにいるだろう。簡単に勝てるとは思わないが、ここまで来て負けるわけにはいかないのだ。
マットの上に立ち相手と向き合う。
握手をして相手と審判に一礼すると、試合開始の合図が会場に鳴り響いた。
「うおりゃぁぁぁぁぁ」
会場内に司の叫ぶ声がこだまする。
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